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思考の鍋

料理、日記、時々エッセイみたいなやつ。

日記に加筆、私のエッセイとして祖母に捧ぐ。

今年、四月十九日、祖母が百三歳で長寿を全うし、安らかに旅立った。

日に日に、伸びてゆく影と、開いてゆくオレンジ色の小花たち。
真夏の猛暑、つい先月の残暑さえ、既に懐しい。

幼い頃から祖母が側で暮らしていた古い家は、十数年前に美しく生まれ変わった。
膝を患い座っている時間が多く、少し小さくなった祖母は、毎年夏休み、正月と、帰省する私や息子達に、いつも優しく接してくれた。

庭を歩くサンダルが擦る音、如雨露に水を汲む音、水道栓を閉める音、草花に水をやり、老犬に餌を与え、木の雨戸を引く音。
祖母の生活音から朝夕を感じた昔を回想し、懐かしさが、胸を少し軋ませた。
周りの景色は、田畑や古いアパート、商店などが無くなり、代わりにマンション、コンビニ、有料駐車場が、所狭しと並んでいる。

昔を思い出すのに時間がかかる程、日々の暮らしは様変わりしたが、甘い香りで季節の変わり目を知らせてくれる実家の金木犀は、祖母の家のシンボル的な大木であり、今でも健在だ。
建て直しの際、家族の計らいから、今でも玄関先で、見事に咲き香ってくれている。

祖母が旅立ち、私の住む街にもどこからか金木犀が香る季節を、迎えている。
控えめで優しく、戦時という苦しい時代を懸命に生き抜いた祖母のように、腐らず挫けず奢らずに、慎ましやかに暮らしていきたい。

堂々とした構えに、小さいながらも華々しく香る花たちは、道行く人々を楽しませながらも、優しく、そう応援してくれているように思える。